プロフィール

田北暁 AKIRA TAKITA
代表取締役社長 田北暁

1953年、長崎県生まれ。
1974年、国内大手輸送機メーカー入社。生産管理部にて10年近く生産管理業務を経験。
1983年に関連エンジニアリング会社に転向し、中小企業向生産管理システムパッケージを開発。
1992年に株式会社アミック設立、代表取締役就任。
製造業のオープンシステムでの、統合システム構築のためのコンサルティングおよび、システムインテグレーターとしての提案~開発~導入を行っている。
自社製品のハイブリット型統合生産管理システム「AMMICシリーズ」を発表、薬品・食品・化学品製造業を中心に現在でも高い評価を受け続けている。

趣味は音楽(ギター演奏)、ドライブ(車・バイク)。

最近のエントリー

過去のエントリー

2010年7月12日長崎の思い出

もう梅雨も終わろうとする季節になりましたが、相変わらず強い雨が各地を襲っています。
庭にはおおきなカタツムリが、毎日場所を変えて現れます。
まだ蝉も地上には出てきていません。
毎年この季節になると、少年時代を過ごした生まれ故郷のことが鮮やかに思い出されます。
それは長崎の沖に浮かぶ高島という周囲3キロほどの炭鉱で栄えた小さな島での生活です。
物心ついたころから、夏はほとんど毎日、島の周りの海で朝から夜暗くなるまで過ごしていました。
晴れの日も雨の日もほぼ毎日海に通っていました。特に好きだった場所は
トーマス・グラバーの別荘があった小島という、松で覆われた美しい岩山です。
その当時はまだ屋根もあり雨が降るとその中で休憩したり食事したりしたものです。
長崎の名所のひとつにグラバー邸がありますが、そのグラバーが幕末に佐賀藩と
共同経営で、その高島炭鉱の開発をしていたときに別荘として建てた場所だそうです。
明治に入り三菱が経営を引き継ぎ、岩崎弥ノ助(三菱の創始者、岩崎弥太郎の弟)が
社長となったあとも、長くグラバーは顧問として高島炭鉱の経営に携わったそうです。
岩崎弥ノ助もそうですが、NHKの大河ドラマの竜馬伝にも、たびたび顔を出す後藤象二郎も
高島炭鉱の経営をしていた時期があるそうですが放漫経営で三菱に経営を委譲したようです。


数年前にグラバーの日本人の妻が、あの有名なオペラ「蝶々夫人」のモデルであったという説の
書籍があり、その本を手にして以来、グラバーの業績がいかに日本の歴史に
大きな影響を与えていたかを知り、なおさらに高島の小島が懐かしく思い出されます。
最近テレビでも軍艦島の映像がたびたび出てきますが、その軍艦島も高島の一部で、
私は当時の自室の窓からよく眺めていました。
特に夜見るその島影は、アパートの窓明かりでまさしく戦艦という形容詞がぴったりでした。
廃墟になった現在の島からはその印象やエネルギーはまったく感じられないことが残念です。
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2010年5月24日何色の緑を表現できますか?

 新緑の季節もすぎ車窓からの緑も日に日に色を変えていきます。
新幹線での出張時に普段は通路側に座るのですがこの季節は窓側に陣取り、移
りゆく山側のさまざまな緑を目の御馳走にしています。

 ふとこのバラエティー豊かな緑の色の名前を日本語でどれだけ表現できるか
自問自答してみました。黄緑、深緑、若草色、鶯色??? なんとこれくらいし
か出てきません。実際はこれまで日本人はどのような言葉で表していたので
しょう?

早速Webサイトで日本の伝統の色について教えてくれるサイトを見て、まずその
単語の多さに驚きました。
緑系すべてで50色以上の色名がありました。濃いみどりから最も薄い緑の色
まで、聞いたことのない単語が並んでいます。もっとも薄い緑は白緑(びゃくろく)、
その次は裏葉柳です。お茶の葉の色や松葉の色など誰でも知っているような
植物や動物から付けられている色名もあります。
緑系だけでなくその他の色の表現も含めると単語数は300以上あるようです。

現代では携帯で伝えたい景色をメールで送るのが一般的になり、ますますこのような
色名は使われなくなるでしょう。
染色や工芸品制作にかかわるひとなら必要なこれらの色名でも一般の人にとっては、
ほとんど使われなくなってきてはいますが、目にするものや想像しているものを
他人に言葉だけで伝えることが難しいことも実感できました。

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2010年4月 8日三寒四温

庭に毎日訪れていた、めじろのつがいも、梅の花をついばみはじめました。
春の宵は値千金と詠んだ詩もありましたが、まだまだ寒く部屋に閉じこもりがちです。

先日のニュースで東芝さんが白熱電灯の生産中止をすると伝えていましたが、ふと何個か買いだめをしておきたい衝動に駆られました。
将来LED電球が安く普及してしまうと、白熱電灯の暖かみを懐かしがる日が来るのではないでしょうか? 
私は、レコードを聞くときがありますが、古い真空管の国産アンプで鳴らす音がいまだに大好きです。

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2010年2月12日ピアノ

日本でも寒い日が続きましたが、北半球全体で寒波、豪雪に見舞われているようです。

昨年はピアノがイタリアで誕生して300年にあたる記念すべき年でした。昨年の米国の
コンテストで優勝し一躍有名になった、目の不自由なピアニスト、辻井伸行さんの
演奏に感動した記憶とともに、その楽器自信の素晴らしさも再認識していました。

世界中にこれまで販売されたピアノブランドは12,000以上もあるそうです。
私が住んでいる浜松にはヤマハ、カワイ以外にも多くのピアノ製作会社があります。 
しかし私たちがTVやCD、ラジオなどから耳にするピアノの音の90%以上は
スタインウェイというブランドのピアノだそうです。米国の会社ですがドイツ出身の
家具職人が始めた150年近い歴史のある会社です。どうしてこのメーカーのものが
広く使われているのでしょうか? 第二次世界大戦でドイツの有名工場が生産
できない時期に販売を大きく伸ばしたこともありますが、長年の改良と革新的な
技術に取り組んできた成果なのでしょう。音が大きく粒立ちがよくバランスが
いいものが多いと思います。
(余談ですがピアノという名前の由来は、「クラヴィチェンバロ・コル・
ピアノ・エ・フォルテ」イタリア語で「弱い音と強い音の出るチェンバロ」
という意味だそうです。wikipediaより)
JAZZのピアニストはほとんどこのスタインウェイを使って録音していると思います。 
もちろんスタインウェイ以外にもショパンの愛したフランス製プレイエルという
ブランド、ドビュッシーの愛したドイツ製のべヒシュタインというブランドなど
一流の音楽家から支持されているブランドも現存しています。

日本製のピアノも音質がかなり良くなり評判もいいようですが、まだプロの音楽家の
選択肢には入らないようです。
日本の高度経済成長期にピアノのコストは大量生産により驚くほど下がっています。
1960年、初任給の15倍だった価格が25年前からは3倍近くまで下がっていますから、
5倍近いコストダウンの実現はすごいものだと感心します。

アミック本社にも日本製のグランドピアノを設置してあります。
もっと社員やお客様に気軽に弾いてもらえればいいなと思っています。

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2010年1月12日駅伝と電気自動車

新年明けましておめでとうございます。
今年の正月は浜松にしては珍しく寒さが厳しく、早朝には、屋根に雪が残る程度
ですが、降り積もりました。

毎年正月の名物となっている箱根駅伝ですが、私は今年初めてテレビ中継を
真剣に見てしまいました。駅伝のテレビ中継を見ると、中学生時代のクラブ活動の
苦しい練習を否応なしに思い出してしまいます。毎日練習してもさっぱりタイムが
伸びず、後輩が次々レギュラーとなっていく中、情けないことに私は万年補欠でした。

チームワークで目標を目指し個人の能力や努力が明確になる競技は他にもありますが、
長距離という環境が結果を大きく左右する競技では、時に素晴らしいドラマが生まれます。
大勢の選手が誇りと大学の名をかけて勝負に挑む中、とりわけ自信に満ちた表情で、
安定感のある走りを見せた選手がいました。昨年体調を崩し途中棄権をしてしまい、
再起をかけて走った選手だったのですが、予想通りいい結果でタスキを渡せました。
この中継を見ていて私が強く感じたのは、選手たちの周りで空気を悪くする車を
走らせないでほしい、ということです。少しでも新鮮な空気を吸って、力いっぱい
走ってもらいたいものです。

昨年から輸送機器製造業はじめ多くの日本の製造業が、長い冬の時代に入ったように
明るい兆しが見えません。2009年に最も販売台数の多かった自動車は史上初の
ハイブリッド型乗用車のプリウスで、2位は軽自動車のワゴンRだったそうです。
今年からは他のメーカーのハイブリッド型や電気自動車の発売が見込まれているようです。
これからの何年かが、自動車製作技術の大きな転換期になるのでしょう。

先日、フェルディナンド・ポルシェ博士の伝記に目を通していたところ、驚きました。
100年以上前に、オーストリアのウィーンで王室御用達馬車製作会社が騒音と悪臭の
ひどいガソリンエンジンに見切りをつけて電気自動車を作ろうとしており、その会社が
24歳という若さのポルシェの才能を見込んで採用し、当時として最高の記録を出す
ハブモーター型の電気自動車を製作していたのです。 その電気自動車は1900年の
パリ万博で好評を博し、一般顧客に300台以上販売されたそうです。
それまで電気機械製造会社に勤めていたポルシェの才能が自動車業界で花開くきっかけに
なったのが、電気自動車製作だったわけです。その後も改良は続けられ、2年後の
1902年にはガソリンエンジンからダイナモで電気エネルギーに変えハブモーターを回す
というハイブリッド自動車を製作しています。

以前から空冷ビートルを愛用している私は、改めてポルシェ博士の偉大さを実感して
しまいました。最近はそのビートルにリチウムイオンバッテリーとモーターを取り付けて、
"クラシック電気自動車"で通勤してみたいなと考えています。

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2009年12月22日テレビは見てはいけない!?

急に寒くなりました。最近は炬燵に潜り込むことも少なくなりましたが、
足元を温めてミカンなど頬張りながらのテレビ観賞は冬の楽しみの一つでしょう。

先日、『テレビは見てはいけない』という本のタイトルが目にとまり、早速読んでみました。
まさしくこのタイトル通りの言葉が、25年前に他界した父の口癖だったからです。
1960年、私が小学生の頃、当時住んでいた長崎市沖の小さな島の炭鉱の町にも
白黒テレビが普及し始めていましたが、なかなか購入しない父を恨んだものでした。
やっと購入したテレビも父がチャンネル決定権をにぎり日曜日の朝の数時間と
教育的番組だけしか、見る機会を与えられませんでした。その当時父が主張していた理由と
この著者のいうことは概ね共通しているようです。
著者は脳機能学者でテレビは洗脳メディアであり危険だと警鐘しています。

そういう訳で私は子供時代、テレビをほとんど見ることができない生活を過ごしてきました。
その分、とにかく本をよく読みました。特にSF小説が好きで、ハヤカワSFシリーズという
縦長のポケットサイズの本をたくさん読んだ記憶があります。そこから当時の外国の
生活習慣の知識を得たり、未来社会で起きるであろう問題に思いを巡らせたり、
夢中で読みふけったものです。 
米国で今でも人気のある作家、レイ・ブラドベリが『華氏451度』という本を
書いていました。あのマイケル・ムーア監督のブッシュ政権を批判した『華氏911』という映画は記憶に新しい
と思いますが、この『華氏451』という本からヒントを得てタイトルを決めたようです。
中学生当時に読んだ記憶がありましたが、内容を忘れていたのでもう一度読んでみました。
ちなみに  華氏451度は紙が燃焼を始める温度になります。

1953年執筆当時の米国はテレビが普及し始めた頃だったのでしょう。ある未来の社会ではすべての部屋の壁で
テレビが見られ、耳には超小型ラジオをはめ込み、画一的で一方的な放送とその結果、
パターン思考だけの世界に陥っている国民。
思考能力を低下させ国家権力に対する抵抗力を失わせるためにすべての危険な書物を焼き払い、
いつの間にか他国との戦争を起こして滅んでしまう― という内容のものです。

なにか現在の社会現象に酷似しているような気がして、読み終わった後にすこし背筋が寒くなりました。

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2009年11月24日読書

’読書の秋’という標語が常識になっているのは日本だけかもしれませんが、すごしやすい気温と夜が長くなるからかもしれません。

昨年,雑誌の特集で’大人が読むべき100冊の本’に取り上げられていた本のなかでまだ読んでいなかったものにいくつか目を通してみました。
そのなかでも’歎異抄’と’ソクラテスの弁明’は興味深いものでした。そのあとも何度も読み返し、それらに関連する書籍にも興味が移っています。
孔子やブッダ、ソクラテスの生きていた時代がほぼ同時期の約2400年から2600年前であること、現代以上に精神的な成熟した文化があった様子や現代でもそれら人間の生き方の模範が受け継がれていることに感銘を受けます。
またつくづく自分たちが先祖代々から受け継いでいるはずの宗教について、いかに無知であったかを思い知らされました。

仏教の歴史を学習しているうちに、ネット上で無名の人が作った詩を見つけて驚きました。
その人がどんな宗教を信仰していたかはわかりませんが作者が、おそらくベトナム戦争服役したキリスト教徒の軍人だと思われるからです。浄土真宗の教義との類似点があるように感じてしまいました。

ご存知の方も多いと思いますがニューヨーク州立病院のリハビリセンターの壁に落書きされていた詩です。
ここで私の訳で紹介させていただきます。

「悩める人々への銘」     作者不詳     

大きなことを成し遂げるために 強さを与えてほしいと神に求めたのに
   謙遜を学ぶように 弱さを授かった

偉大なことができるようにと 健康を求めたのに
   より善きことをするようにと 病弱を授かった

幸せになろうとして 富を求めたのに
  賢明であるようにと 貧しさを授かった

世の人々の称賛を得ようとして 力と成功を求めたのに
  神の必要性を感じるようにと 弱点を与えられた

人生を楽しむために あらゆるものを求めたのに
  あらゆるものを享受するために 命を授かった

求めたものは一つとして与えられなかったが 
  かつて望んだことのあるものは、すべて聞き届けられた

神に不敬虔な自分であるにもかかわらず
  私の言葉にしなかった祈りはすべて叶えられた
私は人々の中でもっとも豊かに祝福されていたのだ!


「A Creed For Those Who Have Suffered」

I asked God for strength, that I might achieve
I was made weak, that I might learn humbly to obey...

I asked for health, that I might do greater things
I was given infirmity, that I might do better things...

I asked for riches, that I might be happy
I was given poverty, that I might be wise...

I asked for power, that I might have the praise of men
I was given weakness, that I might feel the need of God...

I asked for all things, that I might enjoy life
I was given life, that I might enjoy all things...

I got nothing I asked for - but everything I had hoped for.
Almost despite myself, my unspoken prayers were answered.
I am among all men, most richly blessed!

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2009年10月19日枯葉

秋の風に街路樹の落ち葉が音を立ててアスファルトの上を走る季節になりました。

毎年この時期になると、"枯葉 (Autumn Leaves)"という曲とともに若い頃の
苦い経験を思い出します。新入社員として初めて浜松に住み始めた年に
飛び入りで参加したライブ演奏で失敗したことです。

学生時代に有名なジャズギタリストの枯葉の演奏をすべてコピーしていましたので、
その演奏をソロで披露しようとしたのですが、演奏の中盤に予定外のプロの
ベーシストの伴奏が始まると自分の演奏に集中できなくなり、覚えていたはずの
フレーズが出てこなくなり、途中のコードをすっ飛ばすというひどい演奏をしてしまいました。
本来ジャズのセッションではお互いの演奏からインスピレーションを得て協力しあい、
音楽を作っていくものですが、逆に自滅してしまったわけです。

曲のテーマのコード進行に沿って、他人の演奏を聴きながら自分の演奏を変化させ、
全体としてまとまった音楽を奏でるというJAZZ演奏の行為は、お客様とのチームで共同作業をする現在の仕事とよく似ているなと実感しています。

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2009年10月 1日リマスタリング

先月、リリースされた新しいビートルズのCDを聴いてみました。
噂通り、本当に良い音です。
若い頃はレコード盤で聴いていたものですから、以前のCD に
は物足りなさを感じており、正直かなり喜んでいます。
最近の通勤にはもっぱらこの新しいCDを車中で楽しんでいます。

どうしてここまでいい音に仕上げることが出来たのだろうか。
その最新の技術とはどんなものだろうか― 興味を持ちました。

このリマスタリングは、版権を持つアップル(iPodのではなく)
からの依頼で英国EMIミュージックの7人のエンジニアが
4年の歳月をかけてアビーロードスタジオで制作したそうです。

アナログテープからデジタルマスターを作成するために、複数のテープマシンや
ADコンバーターからブラインドテストを行い、最善の機器を選択。
最新のADコンバーターは24ビット/192KHzということで音の解像度が
高くなるのも頷けます。ADコンバーターの原理をご存じの方は、この値が
どのように作用するか理解いただけると思います。

また今回幸運だったのはマスターテープの保管状態が信じられないくらい
良かったということ。車に例えると、50年前の塗装の艶が新車同様に
保たれているというぐらいに、稀有なことです。
また、各曲をテープから再生する際には一曲ごとに消磁とクリーニングを
行ったそうです。
これら以外にも膨大な処理がありますが、いい音作りのために妥協しない
エンジニアたちの職人魂が伺えます。

業務管理パッケージシステム制作をしている我々も、
このような姿勢や努力には深い共感を覚えると同時に勉強させられます。


参考:
http://www.emimusic.jp/beatles/special/20090909_2.htm#album1

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2009年9月18日継続は力なり

読者の皆様、閲覧ありがとうございます。
 会社を設立して17年になりますが、これまで多くのお客様やスタッフに支えられて、なんとか継続して活動ができました。感謝の気持ちと、さらに良い仕事をしなければならないという想いがますます強くなっています。

私が製造業で生産管理業務に10年近く携わってみて実感した本来必要な、柔軟性のある、環境の変化に即応できるシステム構築を目指して活動して来た訳ですが、まだまだこれからも改善やスクラップアンドビルドを続けなければならないでしょう。
会社設立前からの活動から起算すると、愚直にもう25年以上続けていることになります。
この先も長い遠回りばかりする道かもしれませんが続けられることに感謝しないではおられません。

そんな毎日の中から、皆さんと共有したい事柄をこの場を借りて、伝えていきたいと思います。
またご指摘、意見などをいただければ幸いです。

私の好きな言葉の中から’継続は力なり’を今回のタイトルに選びました。

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